出発準備  1/12 終日 1/13 午前 1/13 午後 1/14 午前 1/14 午後 1/15 その後

■シェムリアップの朝

 ガイドのバスは朝9時に迎えに来るとのことだった。疲れていたので寝坊するかも、という気もしたが、昔から旅行先では朝早く目がさめるので特にモーニングコールは頼まなかった。目覚めたのは6時くらいだった。朝目がさめるととんでもないことが起こっていた。何か? 数箇所、蚊に刺されていたのである。なぜとんでもないかというと、東南アジアで感染しうる病気のうち、デング熱・マラリアは蚊を経由して感染するのである。その予防のために、長袖シャツを着てきたし、虫除けスプレーも持ってきた。しかし、ホテルの部屋に蚊がいることは予測をしていなかった。まいったな、と思ったものの、感染したとしても潜伏期間は2〜7日程度とのことなので、とりあえず日本に帰るまでは何とかなるだろうと覚悟を決めた。
旅行者医学ガイド東京検疫所海外旅行の前に海外感染症情報


 朝食は6時からだったので、すぐに1階のレストランに行った。レストランはバイキング形式だったので、パンと目玉焼き、ベーコン、それからいくつかの果物を取った。見慣れない料理があったが、初日ということもあり、避けた。



▲朝のアンコールホテル


 朝食を取り終わってから、散歩に出かけた。そこで初めて、アンコールホテルの概観を眺めた。外に出ると、例のバイタクが待ち受けていて、みんなが私を見つけては「モトバイ?」と声を掛けてきた。無視して先にすすんでも、次から次へと声をかけてくる。ちょうど、渋谷の街を、ティッシュ配りの人々の声をかいくぐって歩いているのと同じ印象を受け、不思議な感じがした。外はちょうど日が昇るところで、暑くなく寒くなく、とても爽快で気持ちよかった。道路は、車と、多くのバイクが土煙を上げて走っていた。ちょうど出勤時間なのだろう。
 歩いていると、いくつもの出店があり、果物や朝食となる何かを売っていた。その出店で朝食を食べている人たちもいた。



▲朝のシェムリアップ・国道6号線沿いの風景


 ずっと土煙の絶えない道だった。この土煙が、私にとってのカンボジアのイメージとして焼きついた。どこか懐かしく、それでいて異国の香りだった。
 途中、太陽が昇りきると、急に暑くなった。小一時間ほど歩いたが、ホテルに戻った頃にはすでに汗びっしょりとなり、シャワーを浴びねばならないほどだった。

 シャワーを浴び、シャツを着替えると、そろそろ9時が近づいてきていた。荷物を整理し、持っていくものを肩掛けのポシェットに入れた。日本から持ち込んだミネラルウォーター(evian)をどこに入れようか迷ったあげく、首掛けストラップでミニペットボトルの口を結び、首にぶら下げることにした。水には、同じく日本から持ち込んだ粉末清涼飲料(アクエリアスをパウダー状にしたもの)を混ぜた。これは、他のウェブページおよび、地球の歩き方のコラムにオススメとして書いてあった方法だ。観光中は汗を大量にかくそうなので、水とミネラルを両方補うのが目的である。



▲旅行中、常に首に掛けていたミネラルウォーター


 1階ロビーで待っていると、9時ちょうどにケリアが現れた。「オテアライ、イイデスカ?」と聞かれ、「はい、大丈夫です」と答えると、ケリアはバスに案内してくれた。バスに乗るのはこの日の午前は、運転手とケリアと私だけの貸切状態だった。
 「シュッパツシマス」
 バスが動き始めた。さあ、いよいよ遺跡に出発である。



▲観光地移動でずっと乗っていたバス


■(午前)アンコールトム 南大門/バイヨン/象のテラス



 午前はアンコールトム、午後はアンコールワットの観光である。バスでシェムリアップの市街地から10分ほど行くと、料金所があった。そこで、ケリアが私の写真の貼られたチケットを料金所の人に提示をし、通過した。さらに10分ほど行くと遺跡がポツリポツリと見え始めた。
 バスは怪しげな遺跡の前で止まり、そこでまず降りる。
 堀に橋がかかっていて、その両側には神様と阿修羅が綱引き(綱ではなくて、蛇を引っ張り合っている)をしている様が彫られた彫刻。そして橋を渡ったところに南大門がある。南大門の上部に乗っているのは、旅行前によく見かけた、四方に向けて彫られた四つの巨大な顔。どのくらいの日数をかけて、どんな方法で作られたのか、まったくイメージができなかった。最初の訪問地だったこともあり、今後の訪問地でこの理解不能なものを理解しようという意欲が沸いてきた。



▲南大門


 南大門を抜けると、再びバスに乗り、アンコールトム中央のバイヨン寺院に向かう。
 バイヨンは、南大門にあった四方に顔を持つ塔がいくつも並んでいた。あの顔が並んでいることが圧倒的であるが、それよりさらに圧倒的なものは、バイヨンの回廊に掘られたレリーフであった。行く前は、よくある文様だと思っていたが、そうではなくて、当時の現地の暮らしや戦いや思想が連綿と絶えることなく続いていることである。

 

▲(左)このレリーフを見よ!(2.3MB) /(右)階段の多い行程で、かなり体力が必要(4.3MB)




▲(左)ガイドのケリア。だいぶ、説明も耳に心地よくなってきた頃 / (右)並ぶ顔


 途中、10分ほどの自由時間をもらい、その間自由にバイヨンを見て回った。ぐるっと回って戻ってくると、ケリアは友達らしき他のガイドの女の子と話をしていた。ガイド同士は結構知り合いらしく、このとき以外にもよく声を掛けたり掛けられたりしていた。

 その後バイヨンを通り抜け、アンコールトム内のいくつかの遺跡を見て回った。中でも一番印象に残ったのは、象のテラスである。これは、極めて広いテラス状の遺跡で、おそらく、戦に出るときにテラスの上に王が立ち、そのだだっぴろい平原に、戦士たちが立ち並んでいたであろうことが想像できた。しかし、そんな時代が本当にあったのかどうか、あったとして、現代までの長い長い時間の流れを、この遺跡は体験してきたのだな、というのが、あまりにも長く、「想像を絶する」とはこのことだった。想像を絶するとかえって感動しなくなるもんだな、とも思った。感動するには、まだ頭がついてこないような状況だった。

 下の写真は、歩きつかれて、遺跡の破片に腰を掛けたところ。写真はケリアに撮ってもらった。この午前中で、普段東京で暮らしている一週間で歩く距離を軽く超えてしまっただろう。午後のアンコールワットを無事に観光できるか、かなり不安であった。



▲象のテラス


■お昼休み

 お昼御飯は、レストランへ連れて行かれた。カンボジア料理かどうか良く分からなかったが、7品くらい出てきた。分量は結構あったが、妙に甘口で食べられないものがいくつかあった。それでも十分におなかはいっぱいになった。飲み物は別料金だったので、1$のミネラルウォーターを注文した。ここに限らず、外食はすべて、水は別料金だった。料理が一通り終わると、最後にコーヒーが出てきたが、これが異様に濃いいコーヒーだった。

 食事が終わるとホテルに戻って、2時間ほど休憩だった。疲れたので寝ようと思っていたが、ホテル内をふらふら歩いているうちに中にプールがあるのを発見。そばまで下りて無料で使えるかどうかを(英語で!)聞くと、無料で使ってよいとのこと。水着は持ってきていなかったが、ばれないと思い、トランクスで泳ぐことにした。最初眼鏡をかけたまま、プールサイドからゆっくり身体を沈ませる・・・深い!! やばい!! 足がつかない!! ゴボゴボゴボ ゴボゴボゴボ・・・
 慌ててプールサイドに手をかけ、浮かびあがったが、眼鏡を落としてしまった。プールサイドに上がって水の中を覗き込んだが、さすがに落としたのが眼鏡なので、まったく見えない。困った!!
 どうしようも無かったので、そばにいた西洋人に「Excuse me, I had fallen my glasses in pool... around here↓」と声をかける。すると、彼はおきてきて、眼鏡を見つけて、このまっすぐ下にあると教えてくれた。自分には見えなかったが、彼の指差す方向をめがけて水深2.5メートルくらいのそこを手で探る。手に何か触れた!  MY眼鏡だ! それを落とさないようにしっかりにぎって、水面へ! 助かった!!

 というわけで、散々なお昼休みだった。

 このあと、部屋に戻って、シャワーを浴びて、しばらくゴロンと横になって過ごした。
 出かける前に、体力に自信がなかったので、ノルアドレナリンを増加させるサプリメントを供給しようかと思ったが、結局それはやめた。これをとると、足の疲れに気づくのが遅れて、知らずのうちに足がガクガクすることがある。アンコール遺跡は階段が多いので、足を踏み外して、かえって怪我をしかねないな、という結論に達した。というわけで、引き続き、自力で午後の行程をこなしたのであった。





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